生きてるだけで、ワーイ

鳴門煉煉(naruto_nerineri)の日記

ティラミスと山椒

 

 1月14日土曜日。

 「明らかに自分の身体ではないものを操縦する違和感」と、車の運転について、高校生の頃に出会った友人が話していた、ような気がする。徒歩は究極の身体性を伴った移動の方法で、故に心地よく、次いで自転車、と私は位置付けている。▷本谷由希子原作『生きてるだけで、愛』の劇中に「あたしと別れられて、いいなあ。」というような台詞があって、私はその場面を時折思い出す。▷今日、かれんちゃんと話をして、このどうしようもない私を操縦することができるのは私しかいないのだということに思い至った。歩くことを苦痛と感じない人間は、その人生を生き抜くことのできる人間に違いない。私は最後まで私と別れようとはしないだろう、と。

過不足あって過不足ない人間だ、

 

 1月12日木曜日。

 おとといカレーを煮ていたら、認知症だった祖父が台所でカレールーを口に入れ咽せていたあの光景を思い出した。11日は祖父の誕生日であり命日だった。自分がその前日にカレールーを手にしていたことは偶然に過ぎないのだけど、過ぎない偶然というものはそのように蔑ろにされていいものなんだろうか? そうであるからこそ、そのとりとめのなさと意味性が爆発して強烈な印象を個人の内に残して去るのだろうけど。繊細な人間と言われてうれしくない。偶然の連なりが自分を形成しているのだとしたら。いいや、意思はある。それなら。すべてはうまくいくという楽観主義が報われるといいね? そう自身に思う。努力の足りなさを指摘されたことが過去に何度もある。それで口をつぐんでいたら、本当に何も言えない人間になってしまった。君だって寂しさを感じたことがあるだろう。もしそれが知らない感情なら、誰かが与えてくれる時を待つことしかできない。しかし与えられるだけの人間にはなりたくないということも君は理解している。だから君の苦しみは健全なのだ。何も排除するな、何者からも認められない時こそ、君が君を認めるというその判断に光る唯一の価値があるのだ。触ると冷たい炎でいてまるで人生をからかうようにして。過不足あって過不足ない人間だ、君が君であるようにして私も。

身を削る

 

 1月2日月曜日。休日。

 31日と1日は実家(車で10分ほどの距離にある)に帰る。

 31日は家族と過ごす。毎年スニーカーで冬を越していたのだが今年ようやく冬用の靴を買った。父が推薦する東京靴流通センター。店員に「防水スプレーはお持ちですか」と尋ねられ、持ってないけど「あります、だいじょぶです」と嘘をついた。その後やはり防水スプレーは必須だろうと思い直し、レジ横に積まれたそれを見つめていると「あったほうがいいですよ」と諭されて1本買った。夕飯はユニバースの寿司と父が会社のくじ引きでもらってきた日本酒。年が明ける直前まで居間の机に突っ伏して眠る。目が覚めると紅白歌合戦玉置浩二が歌ってた。玉置浩二が歌ってたから目が覚めたのかもしれない。3時頃就寝。

 1日。15時頃浪館通りのハッピードラッグで阿弥と待ち合わせ。長くてでかいマフラーかわいい。久須志神社で初詣。今年はお賽銭マウントを取ってこなかった阿弥(2022年1月1日の日記参照)は賽銭箱の縁に小銭を命中させその辺に賽銭を撒き散らしていた。鈴を鳴らすタイミングがいまいちわからず。とりあえず二礼・二拍手・一礼しておけばいだろ、と神様を舐め腐った態度で幕を開ける。その後引いたお御籤は二人とも大吉だった。ここの神様は我々を甘やかしすぎている。今年の阿弥は「神と一体」となっているらしいので逆らわないようにしたい。

 新町通りで門松採集をしながら歩いて阿弥のマンションへ。YouTubeで2022年の競馬のレースを振り返る。終盤の追い上げが凄まじいゴールデンシップの走りに感銘を受けた。「ソダシが一着だなんて初めから思ってなかった!」。マイルCS有馬記念も勝った阿弥。初めてUber Eatsのアプリをインストールして注文する。配達を待つ間に書初め。「高安」「若隆景」「栄光に向かってGO」の3枚をしたためた。阿弥は「ジェラルディーナ」「メイショウミモザ」「ぷっちょ」の3枚。ローストビーフ丼、ヤンニョムチキン、ヤムヤムポテト、アサヒのマルエフ、ほろよいの白いサワー。ほしさんに書初めの写真を送ると「髙安の髙はハシゴじゃない?」と返信があった。たしかに。10時頃帰宅。

 2日。11時頃ほしさんが迎えに来てくれた。ほしさんがトランクの戸を閉めようとした際に額に傷を負って新年早々開眼していた。浪館通りのローソンで中川さんに会う。「よいお年を!」と言い手を振って別れる。帰宅し、箱根駅伝を眺めながら三浦さんからもらったチキンラーメン食べる。かれんちゃんとまさしさんから年賀状が届いていた。かれんちゃんに年賀状書いた後だらだらして過ごす。「白湯が飲みたい!」と大声を発していたらチャイムが鳴りヤマト運輸の人がグリーンラベルを1ケース持ってきてくれた。『女の園の星 / 和山やま』3巻とてもおもしろい。16時頃ひとりで出、スコールとカブセンターですき焼きの買い出し。帰宅してからうどんを買い忘れたことに気がつき膝から崩れ落ちる。ほしさんがうどんを買いに出て行ったので冷蔵庫に余っていたれんこんとにんじんできんぴらを作る。スライサーで親指を深く切り血が止まらなくなった。越してきてからした怪我で400ml献血できるんじゃないかと思う。「2023年の目標は、身だしなみ」と盛さんに誓いマニキュアを塗った親指の爪も切れた。身を削るって比喩でなくこういうことなのだ、そうでもしなきゃわからないことがこの世には多いですからな、と親指を強く握りしめて止血。夕飯はほしさんが実家からもらってきた肉のおがさわらのうまい肉とグリーンラベル、三浦さんからもらった尾瀬の雪どけ

チキに吠える

 

 12月24日土曜日。休日。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、サンタクロースは街へ買い出しに。

 昨日16時過ぎに勤めを終えて外へ出ると空に明るさが残っていて、2年前、佐々木英明さんからもらった葉書に「冬至、きょうから少しずつ、日がながくなります。すくすくと そだちましょう。」と書いてあったことを思い出す。葉書は水色の厚い表紙のノートに挟んである。またあの大きい机を囲んで話したいと思った。

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 16時半過ぎ、古書らせん堂のガラス扉を押し開けようとすると通りに背を向けて作業する三浦さんの姿があった。静かに戸を開けて「バーン」と言いながら店へ入る。右手が拳銃。久しぶりに会えてうれしい。帽子とかばんを褒めてもらった。仕事や生活の感じなどしばらく話す。書店員の大竹さんのことを教えてもらった。『詩人はすべて宿命である / 萩原朔太郎』(国書刊行会)を買ったら「本日、萩原朔太郎をお買い上げの方にはこちらを差し上げております」と言って袋のチキンラーメンをくれた。チキに吠える。「元気で!」と言って別れたのがなんだかおかしくて笑ってしまった。

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 17時過ぎ歩いて帰宅。今夜はほしさんが課の忘年会のため、ひとりで食べる夕飯の支度。ひとりなので米と納豆とかチキンラーメンとか何でもよいのだけれど、「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」と初めてエヴァに乗るシンジ君のように自分を奮い立たせるほどでも何でもないが冷蔵庫の中を見、麻婆茄子を作って大皿に盛った。とろみでなく粘りがついた。米は冷蔵庫にあった残り物を温め、即席の味噌汁とオクラの漬物も一緒に食べた。

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 ほしさんから「一次会が終わったら帰る」と連絡あり。20時過ぎ車で出る。久須志のハッピードラッグで食器用洗剤、マスク、レモンサワー買う。青森港旅客船ターミナルビルの駐車場に車を停めて散歩。見慣れてしまった光景のように思えるけれど、こちら側からアスパムを眺める機会は案外少ない。ユンスル。空気が澄んでおりよく冷える。

 商工会議所下のセブンイレブンの前でほしさんを拾う。再び久須志のハッピードラッグへ。酔っているほしさんにエクレアを買ってもらった。

 21時前帰宅。グリーンラベル、レモンサワー。シャワーを浴びずに眠ってしまった。

 

 9時頃に布団から出てシャワーを浴び洗濯機を回す。頭が重い、と言いながらもサンルームの窓を開けて光を取り入れるほしさん。にんじんジュースの瓶に生けた花とオリーブの木をよく日のあたる位置に置いてくれた。床に花の影が伸びたのを指して「キース・ジャレット」と言う。

 朝食と昼食を兼ねて冷凍のうどんを煮る。にんじん、ごぼう、長ねぎ、油揚げ。つゆがとてもしょっぱい。Eテレの『ワルイコあつまれ』という番組がおもしろかった。「稚語俳句」のコーナーに髙柳克弘。題は「よっしゃあ」。草彅剛もとい松尾葉翔先生の句。

十二月二十四日だ子よっしゃあ

 私が松尾葉翔の句に感銘を受けている間にほしさんが洗濯物を干してくれていた。

 14時過ぎ、ほしさんが「ついてこないで」と言い残し買い物に出掛けていったのでレコードでオフコースの『Three and Two』を聞く。「思いのままに」かっこいい。

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 聞き終えて掃除機をかけているとほしさんが帰ってきたので一緒に出る。アンクルサムでショートケーキ、レモンとナッツのケーキを一切れずつ買う。カブセンターで夕飯の買い物。

 16時過ぎ帰宅。先にシャワーを浴びて出ると「旭町ってサンタさん1日早く来るみたいだね」とほしさんが言う。ベッドの上を見るとモンベルの大きな紙袋があった。中身が気になり集中できないまま夕飯の支度。グラタン、じゃがいもを焼いたやつ、トマトにパン粉とか乗せて焼いたやつ、カブセンターで買ったチキン、ローストビーフ、浮かれて氷の中からほじくった海老2尾など。魚焼きグリルでチキンを焼いていたら皮の部分が発癌性物質と成り果ててしまった。

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 土曜の夕方の『人生の楽園』から『満天☆青空レストラン』への流れ。宮川大輔と一緒に乾杯できてうれしい。いや別に。もやし。夕飯の途中で紙袋を開ける。登山用のリュックをもらった。とてもうれしい。来年の目標は「登山・開墾・出版」の3つ。腹いっぱい食べたあとでアンクルサムで買ったケーキを食べる。おいしい。緑色の包装紙がかわいいので栞にしようと思う。

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 スコールで買った一升瓶を飲み切ってしまわないように気を配りつつだらだら飲み、オフコースのレコードをほしさんにも無理やり聞かせる。23時頃就寝。

明るいよ

 

 12月22日木曜日。

 8日ぶりの休日。「夢があるので」と言い残しパン屋を辞めてから1年が過ぎた。

 黒く焼け焦げたベーコン。台所の蛇口で髪を濡らして寝癖を直した。埃のたまりやすい床。ひと月かかって飲み終えたにんじんジュースの瓶に、おととい買ってきてベッドの後ろに隠しておいた花束を生けた。淡い緑色の花の蕾が落ちたのをほしさんが拾い、小さなコップに薄く水を張って置いてくれた。

 どうして泣くのか理由を説明できる。しかし話すということの速度に私は追いつくことができない。文章を書くということは私にとって才能でも芸術でも何でもなく、これが最も適切な伝達手段に過ぎないからだと言えば、葉が縁から緑色を失う様に似た寂しいような思いもする。誰かが私の文章を読むとき、それは無音で再生されていてほしいと思うけれど。VHS。

 泣きたくて泣いてるんじゃないけど「あの時、楽屋で泣くのはもうよそうと思いました」って昨日Salyuがテレビで言ってたしな、私も部屋で泣くのはもうよそうと思いました。リリィ・シュシュのすべてのすべて。そういう外膜的な、自分を観察、というよりかは監視してしまう眼が要らなくて骸骨みたいにして抉りたくなるときがある。今からでも遅くない、と言われたら、それなりに励まされたような気分になる。高田馬場の坂道。

 というか二度と再現できないものであってほしい、様々なことが。さや香の漫才おもしろかったな。髪型どうしようかな。夕飯どうしようかな。

 毎日笑って暮らすためには、笑えないような時間が私にはどうしても必要で、だけど救いを求めて誰かに会いに行くなんてことは私、しないので、会うときはいつも互いに笑っていたいと思ってるんです。本当は、声が聞こえているからうまく喋れないんじゃないかな。油川にある海岸に潮が満ちているのを見たときを思い出しました。でもよくなりたいと思っているのは本当だよ。信じて、って人にお願いするのはつらいなあ。誰も近づくことのできない、遠いところで光っている物質は感情を持たないのでたとえ孤独でも、長く生きられるのだと思います。光るより、消耗が激しい生をこんなにも至近距離でみなさんひしめいてうごめいて、窮屈ではあっても退屈ではないよね。明るいよ。

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例えばカーテンを束ねるとか

 

 12月13日火曜日。休日。

 昨晩はシャワーを浴びずに眠ってしまった。「クロックムッシュ 作り方」と検索したまま居間の机に伏して。17、18歳の頃、授業中は眠ってばかりだった。受験なんて関係が無かったから。目が覚めるとそばに置いていたiPhoneからNujabesの『Music is Mine』が流れていた。笑顔のすてきなお姉さん。いつまでも友達だよ。花を贈るという行為を、その花が枯れたあとにも私たちは生きていくのだという約束に感じる、ときがある。重いですね、と青森県立美術館の演劇部の面接で言われた。自分が書いた原稿用紙を読んだ職員に。あんまり軽いよりいいと思いますけどね、とその時からずっと思ってる、今日まで。台所の蛍光灯の明かりが好きで、自分を虫のようだと思うときの、自分という人間のいやらしさ。

 資源ごみの日。越してきてから空けた四合瓶3本と45ℓの袋いっぱいの空き缶と数本のペットボトル。8時過ぎ、およそ車輪のついた乗り物を操っているとは思えない角ばった運転でほしさんを職場まで送り届けたあとアパートへ戻った。YouTubeで公開されている「JAFが教える 車庫入れのコツ」という動画が今の私の脳の2割を占めている。人は他人の生活を好む。小説を〈世界〉の擬似体験だと思えたことが無い。実地的なところ。天気雨がきれいだと人に教えたあと直ちに自分は自分のそういう態度を改めたいのに、と思ったんだった。雪が解けて、アパートの裏の木のそばに落ちているバスケットボールがふたたび表出してきた。片付いた部屋でこうして日記を書いていられるのは生活を共にする人のおかげで、生活においてまるで役に立たない私の思考と、まだ鉢に植え替えてもいないオリーブの木が気まぐれな日差しに晒されたり翳ったりしていて、佐川急便が大人にとってのサンタクロースで。

もうひとつの土曜日

 

 12月10日土曜日。

 7時半過ぎ目が覚める。旭町のデイリーヤマザキで108円で買える食パンに、大野のカブセンターの野菜売り場にあるおつとめ品が乱雑に積まれた白いワゴンから見つけたiPhoneより大きいピーマン、熟れすぎた歯茎のようなトマト、業務スーパーのスライスチーズと玉ねぎ。焼いたベーコンと目玉焼き。コーヒー。を、ほしさんが用意してくれた。ヨーグルトとかれんちゃんが手作りしてくれたりんごジャム。カナリア諸島の湿って暖かい森。指笛。

 洗濯機を2度回す。血が付いた下着を風呂場で擦っているときの気持ち。カランから湯を出そうとして誤ってシャワーを浴びたので背中と肩が濡れた。ワイシャツの洗い方。洗濯物を干す。

 サンルームと寝室の窓を開ける。春みたいな。ほしさんが風呂場の掃除をし、自分は台所周りの掃除をした。しなびたごぼうが出てきた。買ったの忘れてた。お花ありがとう、すごくかわいらしい花束だった。すべての部屋に掃除機をかけて床を拭いた。埃がひどく舞ってくしゃみ。

 昼、出川哲郎が原付で日本を旅する番組の再放送。冷蔵庫にあるものでおいしいパスタ作ったほしさん。山崎製パンで同期だった、佐賀出身のさおりちゃんは湘南乃風のことがとても好きだったから神奈川にいて楽しかっただろうな。更衣室のロッカーが隣だった。寮の玄関で泡を吹いて倒れている同期の横を通って外出した。たぶんだけど東戸塚からJRに乗って横浜まで行って、東横線に乗り換えて副都心線東新宿とか西早稲田とか。雑司ヶ谷まであと少しだったのにあの頃は数えるくらいしか行ったことがない気がする。食事の途中で中学の友達から連絡があって「子供が生まれた」と。こんなにうれしい気持ちになるものなんだな、と自分から一枚外側の気持ちを思った。ほしさんが昼寝をしている間にこれを書いていったん閉じる。

 14時過ぎ車で出る。浜田のサンデーへ。駐車が下手。部屋で育てる植物と暖房みるも何も買わず。ヤマダ電機で暖房みる。「オイルヒーターってどんなのですか」と店員に尋ねるほしさん。買わない。東青森のDCMへ行きオリーブの苗木と水色の鉢を買った。細い幹と枝だけれど大事にできるだけ長く育てたいと思った。隣接するユニバースで買い物。たまごなど。鉢を抱えて助手席に座る。浜田のサンデーへ戻って暖房買う。旭町のデイリーヤマザキで食パン買う。マエダストアで笹かま買おうと思ったけど高いからよした。半額のかつおのたたきのパックをレジの手前で床に落とした。

 こないだ会員登録したレタスクラブのサイトを見ながら鶏ごぼう唐揚げを作った。台所に立ったまま揚げたてをつまんでグリーンラベル飲む。おいしい。半額のかつおのたたきはすこし生臭かった。落としたからだと思う。

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 茨城のお酒「月の井」。きのうの残りの焼き鳥とコマイをオーブントースターの中に忘れていた。YouTubeモーニング娘。、まりっか乃木坂46でんぱ組.inc、ペール・ウェーブス、N'夙川BOYSなど見る。本とCDを置いてる部屋に移動して新しく買った暖房を置いた。人をダメにするソファじゃなくて人がダメになるソファだけどダメになることに抗いながらこれを書いてる。保坂和志が25年前に浪岡町に来ていたという記述が目当てで買った『「私」という演算』の最後の文章に鉛筆で線が引かれたあと「?」と書かれてあった。

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