生きてるだけで、ワーイ

そんなことは無い

すいか

 

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 すいすいと泳いできてとうとう七月も尾っぽである。雨の予報はすっかりはずれ、今朝の土は乾いていたから、外に植えている野菜の苗に水を撒いた。もうじき、トマトの実が次々はじける頃で、日々、その明るさを眺めていると、あらゆるものに感謝したくなる。
 さて、昼時、めしを食っていると、
 「すいかに、めろんめろんに、すいか………。」
 遠くから、声がする。それは、間の抜けた感じで、特別騒がしいということもなく、のろのろ繰り返すのである。すると、窓の外に、のろのろ大きなトラックがやってきて、お向かいさんの家の前でぴったり停まった。その色は、八百屋のトラックとしか言いようのない青色で、たいへん潔い。
 運転席から降りてきたのは、日によく焼けた肌のお爺さんで、緑の幌が掛かった荷台へ、ひょいと上がっていった。それから間もなく、お向かいさんが玄関から出てきて、お爺さんとなにやら愉しそうに話し込んでいる。荷台は幌で覆われているので、中の様子は見えないが、お向かいさんが手を伸ばし、お爺さんから何かを受け取ったらしいところは見た。もぐもぐ顎を動かして、ふたたび談笑。なるほど、味見というわけか。お向かいさんが、大きなすいかを抱えて家に引っ込んだので、たまらず、財布を握って外へ出た。
 「どうも、こんにちは。」
 「すいか、買ってちょうだい。」
 荷台の中を覗いてみておどろいた。まるで、畑をそっくりそのまま積んできたように、ごろごろすいかが転がっているのである。壁に水色の緩衝材が敷かれていたので、それが青空にも見えて、よかった。縞の模様を眺めていると、こちらがぐらぐら酔ってしまいそうで、目がちかちかする。赤い果肉の剥き出しに、包丁が突き刺さっているのがあって、
 「ほれ。」
 お爺さんは、包丁を握った手をぐるりとひねり、すいかのまんなかを抉った。包丁ごとよこしたので、それは、山賊の食い物みたいで格好がよかった。刃から引っこ抜いて食ったすいかには、格別のうまさがあったからまたおどろいた。ずっと荷台に置いてあるので冷えてはいないのだけれど、それでも十分うまい。溶けない薄氷を食っているみたいである。甘い汁をぽとぽと垂らしてにこにこしていたら、
 「すいか、好きか。」
 お爺さんは、荷台の奥から、すいかを転がしながら言った。好きだと答えたら、うまいのをひとつ選んでくれた。本当は、どれもうまいすいかに違いないのだけれど、この時間がうれしかった。
 さっそく台所で一切れ食った。もちろんうまい。お爺さんからもらったあのすいかの味には到底敵わないが、不思議ではない。ものを買うのは、愉しいことである。

すし

 

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 金が入つたら、寿司を食ひに行くのが通例となつてゐる。

 市営バスをつかまへて街へ出る。近所のバス停から街までまつすぐ行くバスは、日にいつぽんしかないのである。ちやうど、庭に生つてゐる青いトマトのやうな色のバス。これには風情があつて良い。しかしこの頃、バスに変テコな広告があしらわれてゐる。写真や文字が車体を覆ひ尽くしてしまつてゐるのである。運営が厳しいのであらうが、これでは台無しといふものだ。バスが青くなかつたら、乗らない。五分遅れて青いバスが来た。

 外で食ふ寿司にはふたつある。回るのとさうでないのとである。食ふのは専ら回る方である。寿司が自転してゐる寿司屋もあると聞いたことがあるが、まだお目にかかつたことはない。大抵は公転軌道の上に寿司が乗つている寿司屋である。

 しかし今どきの寿司屋はあんまり寿司が回つていなくて寂しい。皆、座席に据へ付けてある画面から寿司を注文するので、平時は軌道が虚しく空回りしてゐるのである。ただ、注文した寿司も同じ軌道を辿つて来るから、店が混んでくるといつぱいの寿司が公転し始める。これが愉快である。

 座席には「白」とか「銀」とか「桃」とか「若草」とか色の名が付けられており雅である。注文した寿司はこの色の付いた特別な皿に乗せられて来るので他人の注文した寿司を間違へて取る心配も無い。画面をぽちぽちやりながら百円のうまい寿司を愉しんだ。

 腹がいつぱいになつてくると他人の寿司を見物しはじめる。見渡せば客席もいつぱいになり、寿司がつつかへるほど回つてゐる。しかしよく見れば「銀」の席の客が注文した寿司ばかり来る。うなぎ。いくら。終ひには大トロ三連符。ちくしやう、銀め、高級な寿司ばかり食つてゐやがる。どれも三百円の皿ばかりである。なんだか見せ付けられてゐるやうで腹が立つてきた。また来た。寿司屋で山盛りポテトなんか食ふつもりか。つまんで食つてやらうかと思つた。そもそも銀といふのが気に食はない。洒落臭いのだ。誰に云はれるでもなく回り続けてゐるコーン軍艦の皿を取って食つた。なんだかんだで、このやうな店ではコーン軍艦がいちばんうまいのである。銀の山盛りポテトを睨んでいたら道の折り返すところでポテトがいつぽん皿から落ちたので気が晴れた。

 帰りもまた青いバスだつた。家の近くまで行くバスが無いので古川の大きなバス停で降りてしばらく歩くことにした。広告の付いたバスが横切つて行った。帰つてきて庭のトマトを見るとほんのり赤くなつてゐた。

珈琲ポット

 

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 黒い珈琲と、白い牛乳を、交互にのんでいる。珈琲を淹れるこつを、つかんできた。ふつうに生きていて、苦味を感じることは、そう多くないので、この黒い飲物が、恋しくなるのか。細口のポットは、洒落ている。長く使ってきたから、手垢、あぶらにまみれてる。錆のつかないように、多少は気を配っているが、廃れもまた、味わい。あらためて見ると、姿勢よく立っており、凛々しい。となりに置いてある桃が、胴体にのびのびしてうつっている。光のすじもある。相棒、と呼び掛けたくなるたたずまい。日頃、甘ったれてるので、相棒のおまえがいると、気が引き締まっていいよ、と言ってみれば

あんたは背骨がこんにゃくだネ、

とばかにされる。そうだねえと南を向いて、今朝は涼しいねえ、反省の色ひとつもなく、にこにことしているので、まるで進歩がない。

せっかくの深煎りの珈琲豆を、こまかく挽いて、よく冷ました湯で淹れてんだもの、そりゃあ進歩ないヨ

むやみやたらに怒られるのは、きらいなんだよなあ。けれども、相棒、おまえみたいなのに叱られるのは、悪くないよ。寧ろ好きだ。人間って、なんだか、信用ならないのが多くってさあ、だから、私は、珈琲をのむんだろうな。だけど、ぜったい、善良な気持ちで生きていきたいんだ。人間だから、人間が好きだ。人間の冷徹にふれて、かなしくなっても、諦めないで、人間のことをきらいにならないで、腐った枝は切りとって、やっぱり、その根幹だけは、ぜったい、愛していかなくちゃと、思うんだ。

夕に寝る癖

 

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窓を開け放してる

 

うつらうつらとしている

 

こまかい風がくる

皮膚がつめたくなる

夕なのに朝の鳥がないてる

 

眠って、つぎに目が覚めたとき、

まともな人間になっていたい

昼に食った天丼が、まだ腹にある

 

ましかくの、透いた氷と思ってたのに、

溶けだしたら、泥のように

くろくて、重たい

それでもわたしは わたしだろうか

飽きたらやめる弁当

 

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 わたしといふのは、じつに絶望しやすい生き物だと、つくづく思ふ。

 たとへば、昼時。べんとばこの蓋を開ければ、うれしさふつふつとこみ上げてくる。しかし。箸を忘れてきた、気がついた途端、こころはたちまち、腐つた花だ。

 アー、なんと、惨めなのか!

 蓋をそつと閉ぢ、また瞳を閉ぢ、さらにはこころの窓をも閉ぢ。箸を置きたし。けれども置く箸がなし。つまるところ、絶望。

 しかしわたしとて、人間。それは、叡智と努力の結晶。クヨクヨするのはもう飽きた。人間ならば、成長せねば。さあ、絶望を回避する、新たなる道を、切り拓こうではないか!

 

〜箸を忘れてもなんとかなる!おかずベスト3〜

 

1位 「ミニトマト

理由 箸があっても箸を使わない場合が多い

欠点 おかずとは言い難い

 

2位 「たまごやき」

理由 ちょっと手が汚れるけどアリ

欠点 見当たらない 味付けが難しい

 

3位 「ミートボール」

理由 ボールは掴みやすい

欠点 手が汚れる

 

再協議の結果、「串に刺したミートボール」が1位ということになりました

 

・「なめたけ」や「刻みオクラ」の日に箸を忘れないようにしましょう 救いようがありません

・「きんぴらごぼう」が箸の役割を果たす可能性があるため、ごぼうは長めに切るようにしましょう 柔らかく調理するのは甘えです

 

 精進。

 

 

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明日になったら、お母さんが死ぬような気がした。

 

夏は好きです。野菜がおいしいから。勤めを終えたあと、近くのスーパーに寄るのが大好き。野菜売り場は、本当にすてきです。だってトマトがずっしり赤い。こんなにすばらしいことが、ありますか。大葉は瑞まで光っているし。とうもろこしを見かけるたび、食べたいなぁと思うのですが、今年はまだ。

 

むかし献血にいったとき、お医者に血を褒められたんです。それが、わたしは、とてもうれしかった。

 

明日、お母さんが死ぬから、今日、料理を教えてもらわなくちゃと思ったんです。

お母さんのつくる料理では、きんぴらごぼうとなすの味噌炒めが好きで、きんぴらごぼう、自分ひとりでつくったこと、まだないから、朝、お母さんといっしょに、スーパーへ買い物に出かけた。ごぼうのほかにも、たくさんの野菜を買いました。きっと、今週は、豪華な食卓になります。

 

飼っていたクワガタが、今日死にました。むかし、アパートの前で弱っていたクワガタを、お姉ちゃんが助けたんです。「眠っているんじゃない?」と、わたしも弟も言ったけれど、お母さんだけは「死んでる。」とはっきり言いました。本当に、まったく、動かなくって、わたしは「変なの」って思いました。埋める場所を、考えなくてはなりません。

 

わたしは、包丁を使うのが下手くそだから、あまりに不格好な千切りのごぼうを見て、泣きそうになった。水にさらして灰汁抜きをしている間も。

仕上げには、炒りごまを散らす。わたしは、手を滑らして、鍋の中が、真っ白になる。雪が降ったみたいになった!そのとき、お母さんが、わたしの方を向いて、笑った。どうしてそんなに、ちいさく笑うのか。もっと、派手に笑いなよ。そんなんだから、みんな、お母さんがかわいいことに、気がつかないんだよ。この人は、まだ、死ぬには早すぎると思った。わたしは、台所に立ったまま泣いた。

 

夕飯だよう。起きてよ。ごはん食べてよ。

お母さんが、灯りのついていない部屋の椅子に腰かけ、わたしを呼ぶのでした。

もっと、お母さんに褒めてもらえるような、立派な娘でいたかった。

 

明日の朝ごはんが煮えたので、火を消します。